飾り方あれこれ その2

キッチン用ガラス容器の展示利用。
 6分の1のフィギュアも1体1体それに入れて飾ったら、けっこういい感じかも。
彼らの背丈は約12インチ、1インチは25.4 ミリメートルだから、ほぼ30センチ。
で、内寸30センチ越え、35センチ以上の円柱または角柱状のガラス容器を探した。
が、そのサイズがなかなかない。ことあるごとにいろんなところで物色しているが、みつからない。

「おお、これはいい」と見つけたのが、パスタ材を入れるケース。
デザインもいろいろあって、特にガラス製のやつはけっこうお洒落でいい感じ。たいがい円柱形で径もフィギュアを入れるにはちょうどよさげなサイズ。かと思い、高さも目測では入りそうだと浮かれたが、実測してみると、どれもほぼ30センチ。
高さが満たず、あえなく使用ならず。残念。

6分の1コレクションの中に、香港のデザイナーズ集団「ブラザーズフリー」がデザインしたフィギュア達がいる。
「ブラザーズワーカー」というシリーズ。このシリーズは、
ガス管工事や電話線敷設工事などの職業をコンセプトに独特のデザインで制作されたフィギュア。かなり精巧に再現された衣類や道具類と、個性的なな表情のキャラクターが、不思議なバランスで調和していて、独創的な世界感を醸し出すデザイン作品。

このシリーズの中に「スマート SMART」というキャラクターがいて、その縮小サイズの特別バージョンがある。 スケールは1/8か1/10。記念企画か何かで作られたものらしい。
この縮小サイズの「スマート」を、ガラス製のパスタケースに入れてみた。
スマート本体と、精巧な工具を無造作に入れて、かつ飾る場所も無造作に。
で、部屋の雰囲気作りにぴったりのいい感じのオブジェになった。

brothersworker_smart
brothersworker_everyone
 

飾り方あれこれ

自分のお気に入りのコレクション。パッケージに入れたまま、大切に “押し入れ” に仕舞っておくのもそれはそれ。でもやっぱり、飾って眺めてなんぼのもん。万が一あとで売るときに、なんて下心が湧くのはヤヤフオクのせいだ。

好きな模型やフィギュア達に囲まれて、“山崎”のハイボールを飲む。格別のひととき。

ならば飾り方にもこだわろう!
これはどうやって飾ろうか、単体でのかっこよさも当然だけど、ほかのアイテムとのバランスや、部屋全体の雰囲気も考えて…。
こんなことに思いを巡らし、時間を割けるのも、アクセクしない心の余裕が持てたから。趣味部屋バンザイ!

心に余裕がなく、アクセクしていた数年前。
通勤途上で立ち寄ったコンビニで、気分紛らしに衝動買いしていた通称 “食玩” 。
そのクオリティの高さに引かれ、眺めながら昼食のコンビニ弁当を食べ、ささやかな癒しの時間を味わっていた。

気がつくと、かなりの量になっていた。でも捨てられない。
なんとか飾れないかなぁ。ガラスケースの中に、ただ並べるだけじゃ味気ない。部屋のインテリア・コンセプト(大袈裟!)にもマッチしない。

家内につきあって行った大型量販店の食器売り場で思いついた。
調味料や食材なんかを入れておくガラスの容器。けっこうお洒落なものがある。
発想の転換。食材にかえてフィギュアを入れてみたら面白いかも。
むかしの小さなお菓子屋さんの店先に並んでいたガラス容器を思い出した。

ガラス容器

なかなかいいかも。
ならべてみて大満足。

メッサーシュミットのミッキーマウス

第二次大戦前期の1940年7月から10月にかけて英国本土上空で繰り広げられた英独の戦い「Battle of Britain」を描いた映画「空軍大戦略」の中にこんなシーンがある。

スピットファイアを擁する英国空軍の攻勢によってドイツ空軍が劣勢になる中、ドイツ空軍総司令官のヘルマン・ゲーリングがパイロットたちに、「どんな戦闘機があれば英空軍に勝てるか」と訪ねる。パイロットの一人であるファルケ大佐が「スピットファイア1個中隊ください。」と答える。
ドイツの戦闘機より、スピットファイアのほうが性能が上だ、という厭味。

これは実話。ファルケ大佐のモデルは、アドルフ・ガーランド(Adolf Gallannd)という人。
実在の戦闘機パイロット。出撃回数705回で104機を撃墜したエース。1941年に戦闘機隊の最高位である総監に任命され、最終階級は空軍中将。没年は1996年。戦後も航空関係で活躍した。
ガーランドは実際にゲーリングの「爆撃機部隊を擁護する戦闘機部隊の能力を向上させるには何をすべきか」という詰問に「どうか私の航空団の機体をスピットファイアに改編してください」と皮肉をこめて答えたのだそう。大日本絵画刊の記録写真集「アドルフ・ガラント」(ヴェルナー・ヘルト著)に、そう書かれている。
映画で、そのエピソードを描いている。

この写真集には、「1967から68年。ガラントは映画 “
バトル・オブ・ブリテン” の撮影にコンサルタントとして参加した。」と書かれ、その時のスナップが載っている。

この写真集では“ガラント”と呼んでいるが、Webサイトなどいろんなところでは“ガーランド”。だからガーランドと書く。

このガーランドは “ミッキーマウス” で有名。
Wikipediaには、
スペイン内戦時からガーランドのパーソナルマークは、葉巻をくわえ、手に斧と拳銃を持ったミッキーマウスであった。
ミッキーマウスが好きだったガーランドは、スペイン内戦時の自分の中隊名をミッキーマウスとしていた。葉巻好きとしても有名であり、ガーランドの写真や漫画には葉巻をくわえた姿が多い。バトル・オブ・ブリテンの際には、自身の戦闘機のコックピットに灰皿を取り付けてもらった。…とある。

ガーランドは戦中乗り継いだメッサーシュミットにミッキーマウスのマークを描いている。
galland-mickey

なんで、アメリカと戦うドイツの戦闘機にミッキーマウスが…
と、誰もが思う疑問。
でも、聞いてみれば不思議でもなんでもない。
1930年1月に最初のミッキーマウス映画がドイツに輸入された。輸入元は南映画(ズュート・フィルム)という娯楽映画を専門に扱う会社。
2月に南映画社は、映画館主とマスコミ関係者を招待して試写会を開いた。で、翌日の新聞紙上はミッキーの記事でもちきりになった。

…ミッキーはトーキーの奇跡そのものである。
…働く大衆へのなんという贈り物だろう。日常を忘れる一時間の喜びと気晴らし。それらすべてが、このきわめて緻密な芸術の要求にうってつけのフォルムの中にある。
それが何かといえば、ミッキーといとこたち、…。

5月にはベルリンの映画館が「ミッキー トーキーの奇跡」というプロゴラムを上映した。翌日の紙上には、「…みごとに満席となった。…何度も何度も笑いの渦が沸き起こり、興奮を静めてもらわなければならないほどであった。」と書かれた。

1930年初頭には、ドイツ帝国に最初のミッキーマウス・ブームが起こった。陶器製の人形やブリキ製のピンブローチなどグッズも盛んに作られた。

上記の戦前のドイツでの “ミッキー人気” のことが、現代思想社刊「ミッキー・マウス  ディズニーとドイツ」(カルステン・ラクヴァ著)に書かれている。
つまり、敵対国うんぬんなんて関係なく、対峙する前から映画文化としてミッキーはドイツに渡り、受け入れられて“人気者”として定着した、ということ。

「ディズニーとドイツ」にはこんなことも書いてある。
ミッキーマウス映画を観たいとき、まず許可を求めなくてもいい唯一の人物といえば、アドルフ・ヒトラーである。…首相官邸でディズニー映画が熱心に観られていたことは、映画関係者の間で広く知られていた。
また、プロパガンダの天才と言われたナチの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルスが、ヒトラーにミッキーの映画18本をプレゼントした、とも書いてある。
つまり、ヒトラーもミッキーマウスの大ファンだったらしいということ。
Hitler-peinting
2008年2月23日にノルウェー北部にある戦争博物館が公表した、ヒトラーが描いたというディズニーのキャラクター絵画。真意は不明だけど、AHのサインがある。
ヒトラーは若い頃は画家を目指していて、多くの絵を残しているし、それにディズニーのファンだったとすれば、まんざら間違いではないかも。

だから、ガーランドが自分の愛機のメッサーシュミットに、パーソナル・マークとしてミッキーを描いていたからって、驚くことでもなんでもないんだ。

ガーランドが愛機にミッキーを書き始めたのは、1936年に起こったスペイン内戦から。
ドイツは政権の義勇軍として、空軍を主体とした「コンドル軍団」を派遣した。ガーランドはこの軍団の
第88戦闘飛行隊第3中隊長(3./JGr88)として赴任し、300回以上の戦闘任務をこなした。
この飛行隊の分隊マークがミッキーだったらしい。

Messerschmitt1
Legion Condor (コンドル軍団)の Messerschmitt Bf109  1/24  Wing Club製
Messerschmitt2
6●79はヴェルナー・メンダースの搭乗機
メルダースは
出撃回数400回、撃墜機数115機のドイツ空軍のエース・パイロット。
コンドル軍団に志願し、ガーランドから第88戦闘飛行隊第3中隊長を引き継いだ。

ちなみに、このスペイン内戦時の1937年4月、コンドル軍団とイタリア空軍はバスク地方の都市ゲルニカを爆撃し、市街の60%から70%を破壊した。史上初めての都市無差別空爆だそう。
ピカソはこの無差別爆撃に憤怒し、それを題材とした大作の壁画「ゲルニカ」を描いた。

gerunika
ピカソの「ゲルニカ」

Wikipediaには、「ミッキーマウスが好きだったガーランドは、スペイン内戦時の自分の中隊名をミッキーマウスとしていた。」と書いてあるが、もともとミッキーマウス部隊とよばれていたところに赴任して、自分もミッキーを付けたと解する記述も他にあって、どっちがどうだか分からない。

mickey-mark2
mickey-mark

とにかく、スペイン内乱時には、ミッキーが機体にかかれたメッサーシュミットが何機も飛んでいたし、その後の第2次大戦中も、ミッキーを機体に描いたメッサーシュミットが連合軍の戦闘機をたくさん撃墜したのは事実だということ。
と、ミッキーは、最近のいろいろなキャラクターとは違って、世界史にすら関わり、国境や思想を超えた存在であるのだと言い切っても、大袈裟じゃないと思う。

Battle of Britain

“うかつ”にも、インフルエンザにかかってしまった。流行に敏感だからね、などと笑えない。
激しい咳に見舞われ、熱が出た。38度を超えた時点で医師の診察を受け「出ちゃいましたね」との宣告。
口から4回吸い込む治療薬を投与して、そのあとは、まぁよく寝た。まぶたがくっつくかと思うくらい。
38度5分を超えたら飲めと言われた解熱剤も飲んだの1回。みごとに熱は下がり、咳もかなり治まって、3日目には床から離れられるようになった。1〜3日高熱が続き、10日ほど完治にかかると覚悟していたが、かなりの好成績。

しかし、体調の回復を実感しても敵はウイルス。奴が消えるまでには「熱が下がってから2日間は人にうつすから気をつけてね」と医師 にいわれた。あと2日ってことは、木曜と金曜、仕事には出られない。続く土曜日も念のために静養日とすることとして、3日間、家から出ずに過ごすこととなった。

図らずも得た使い道未定の充分すぎる時間。TVを見た。Webも見た。飽きるくらい見過ぎた。
さて、何をしようか。
趣味部屋に入れれば、やることは山ほどある。が、発症したのが自宅。単身赴任先のアパートにある趣味部屋とは80数キロも離れている。残念!
では、さて何をしようか。
そうだ映画を見よう。何の変哲もない発想。
DVDを入れたキャビネットをゴソゴソ。

「空軍大戦略〈アルティメット・エディション〉」。
2007年2月に発売されたDVDで。特典ディスクが同梱された2枚組。飛行機好きには必需品だからと購入して、そのままキャビネットに仕舞っていた。
本編132分の大作だが、時間は充分ある。ハイボール片手にじっくり見ることにした。

原題は「Battle of Britain」。第二次大戦前期の1940年7月から10月にかけて英国本土上空で繰り広げられた英独の戦い「英国の戦い=バトル・オブ・ブリテン」を描いている。イギリス空軍がドイツ空軍の侵攻を阻止し制空権を守った歴史的戦いのさまざまなエピソードを時系列に描き、明確なストーリーや主人公は存在しない。

主役は飛行機。スピットファイアやハリケーン、メッサーシュミットBf109や爆撃機ハインケルHe111が実物で登場する。模型やCGじゃない。実機が全編にわたって戦闘シーンを繰り広げる。うぅん、たまらない。飛行機好き、大戦機マニアの、まさに必需品。132分が短く感じる。

ちなみに監督ガイ・ハミルトンは、007の「ゴールドフィンガー」「ダイヤモンドは永遠に」「死ぬのは奴らだ」「黄金銃を持つ男」を撮ったイギリスの人。

バトル・オブ・ブリテンにはイギリス人パイロットだけでなく、
ポーランド人、チェコスロバキア人、アイルランド人、カナダ人など、数カ国の他国籍パイロットが活躍したのだそうで、戦死者名簿の記録だけでも500人を超えるのだとか。彼らの貢献が勝利の要因とも言われている。
で、その多国籍パイロットを素材にした映画で「ダーク・ブルー(Dark Blue World)」というのがある。2002年に公開されたチェコとイギリスの合作映画。

DVD(2003年4月発売)のパッケージに記載された解説を抜粋させてもらって…
1939年、ナチス・ドイツ占領下のチェコスロバキアで同国空軍に所属していたフランタとカレルは、義勇軍としてイギリスに渡りナチス・ドイツに立ち向かって行く。そんな中、カレルは自分の命を助けた女性スーザンに夢中になっていくが、彼女が愛しているのはフランタの方であった…。
ってな感じの、「空軍大戦略」とは趣がまったくちがう戦争 “青春” 映画。パッケージにも“みじかくも美しく燃え” なんて切ないセリフが描いてある。
濃紺、濃青、いや深濃青と訳すのがいいのか。薄暗く冷たく深々と青い。そんな感じの空気を全編に感じるタイトル“Dark Blue”どおりの映画だと思う。

spitfire

spitfire3
Supermarine 
Spitfire MkⅡ 1/32  Wing Club製

この映画もスピットファイアが印象的。そう表現するのには理由があって、“活躍する” とか “かっこいい” っていうのじゃ、ちょっと違う。そんなに軽い表現じゃ適さないっていうか…。あぁ、なんて表現したらいいんだろ。ま、要するに印象的なのだ。

いままで、いろいろと戦闘機が飛び回る映画はけっこうな数見てきたけど、この「ダーク・ブルー」の飛行シーンは他と違う。
リアル、うん、そう、リアルなのかも。
戦闘機は今の時代にあっては身近かではない特別なものだけど、兵役が当たり前の時代、空軍に配属された若者にとっては、ぜんぜん特別なものじゃない。バイクのグリップや自家用車のハンドルを握るのとかわらないくらいの感覚で操縦桿を握る。もちろん常に “死” の恐怖の中にある日常だったわけだから、今のバイクと比べることに無茶があるけど、日常の道具、日常の乗り物という観点ではあたらずとも遠からず。特別な乗り物ではなかった。
「ダーク・ブルー」は、主人公の若者たちとスピットファイアの関係を、そんな感じで描いている。
淡々と飛び上がり、敵と遭遇して、敵を追い、淡々と機銃を撃つ。窮屈なコックピットの中の仕事が淡々と描かれる。上にも下にも、右にも左にも、360°触れるものがない空中にあって、かなり制約された視界の中で、仲間が畑に落ちるのを風景の一部のように見る。淡々と戦闘が終わり、基地に戻ってスピットファイアを降りる。仲間が帰らないことを知っても、誇張した感情表現はない。これが日常。きっと戦中の戦闘機乗りの日常はこんなんだったろうなと。
つまり、リアル。

この映画、公開当時劇場で見たけど、確か都内でも単館上映だった。確かに日本では万人に受ける映画じゃない。だからいくつもの映画館で上映するほど観客は入らない。飛行機好きの人たちには話題になって、必須と思って勇んで観た。観て大正解だった。
チェコスロバキア国内では100万人を動員し、国民の10人に1人が観た記録的ヒット作なんだそう。

ちなみに日本での配給はあのスタジオ・ジブリ。宮崎さんが “超” 気に入って配給権をとったのだとか。
DVDのパッケージにも「ジブリCINEMAライブラリー」のロゴが。
宮崎駿監督は飛行機がお好き。有名な話。だから、納得。

MINIの話

今はMINIというと、BMWが2001年に発表したブランド名で、日本では2002年3月2日(32=ミニ)に発売された車を言うのだと最近知った。今のMINIは<1956年から販売されてきたMINIの後継車だかNew MINIと呼んでいたが、それは間違いらしい。今のがMINIで、前のは「クラシック・ミニ」と呼び分けるのだそう。今のMINIが発売されて10余年経つのだから、確かにNewはおかしい。


ちなみにMINIはminimumからのネーミング。手持ちの英和辞典には、minimumは、最小の量 (数)、最低限度とある。MINIは最小限に小さい車。だからMINI。
miniを辞典で調べると、ミニスカート(膝上10センチ以上のもの)とあって、英国では、ミニカー、小型のものと使われる、とある。いろいろネット上で調べてみると、MINIのネーミングから、ミニスカートという言葉が生まれ、ミニなんとか、というふうに使われるようになったらしい。


austin_seven
Austin Seven 850 1959 1/43 EBBRO製  
Mini Cooper MK1 Rally 1000 Lakes 1996  TV CAR GRAPHIC Selection   1/43  MINICHAMPS製

mini_nightbridge 

Mini Classic Kightbridge  1/43 Schuco製


43分の1に縮小化されたMINIのミニカー。MINIをminiaturizeって、おもしろいなぁ。


今のMINIが発表されたころ、「えぇ,イメージ違うぅ。ミニじゃないじゃん。でかいじゃん。別物ぉ。」「前のがいいなぁ。」なんて思ったけど、2004年に家族旅行でイギリスに行ったとき、コッツウォルズの小さな街で、今のMINIが停まっているのを見てからは、今のMINIのかっこよさを認めた。飾りの少ない石造りの街並みと街路樹の鮮やかなグリーンに、赤いボディと白いストライプがめっちゃ似合っていた。

さすが、英国車。英国の空の下、その風と匂いの中で見るのが一番いい。スペインのトレドで活躍した画家エル・グレコの絵はプラド美術館でみるべき。和太鼓は日本で聴くべき。そう、やっぱり英国車は英国で見るべき。これを「Live!という。」なんて、かっこいいことをコッツウォルズの田舎町で思った。

gb1
2004年3月 イギリス旅行で撮影したMINI
 

ちなみに、あの英国旅行でますます英国びいきになった。

リバプールに行き、ストロベリーフィールドやキャバンクラブに行ったから,ビートルズ熱が再燃した。メリー・ホプキンの「悲しき天使」が時々聴く曲になった。彼女の声とあのメロディはわたし的にまさにイギリス

ピカデリーサーカスの三越で念願のアクアスキュータムのコートを買って帰った。以来、スーツは英国ブランドにこだわるようになった。今はPaul Smith ポール・スミスばっかり。冬には仕事着にバラクータを羽織る。

さすがに車は英国車は買えない。だから、愛車コペンをアストンマーチンDB5仕様にした。もちろん似ても似つかないけど、自己満足。軽のサイズにminiaturize。走りながら007のテーマソングを口ずさむ。

チャールズ皇太子の結婚披露に使われたブルーのオープンカーが今も気になってしょうがない。アストンマーティンDB6 MKⅡ ヴォランテ。ミニカーで商品化されないかなぁ。

paul_smith_bag
Paul Smith のショルダーバッグ  ポールさんはMiniがお好き。
paul_smith_mini
 Paul Smith のMini  1/43 CORGI製


友とMINI、もといクラシック・ミニについて語り合いながら、中古、買っちゃおうかと真剣に考えた。走らなくてもいい。外観の程度がそこそこよければいい。色はもちろんブリティッシュ・レーシング・グリーン

庭のガレージに置いて眺めるだけでいい。ガレージのインテリアとしてかっこいい。シートに座り、ハンドルを握って、助手席に座る友と車について語り合う。ガーデニングで整えられた英国風の庭を眺めながら。最高の贅沢。

でも儚い夢。マンション住まいで、庭もなければ、もちろんガレージもない。